最近、SNSを見てても、何を見てても目に余る言葉遣いが多い。と思うのは自分が年とったからなのか。
思えば「使えない」だの「劣化した」だの、嫌な言葉が一般的に氾濫しだした時からおかしくなってった気がする。
誰が言い出したのか知らないが、そもそも人に使っていい言葉じゃない。
そうした本来モノや道具について使う言葉を人に対して平気で投げかけるのは、人間をモノ化する、ひいては自分自身をもモノ化、道具化していくような、そんな思考回路を作り上げてくような行為に他ならない。
他人に苛立ちをぶつけ傷つけているようでいて、ある意味、自分自身がそれに囚われていくような自傷行為みたいなもんである。
つまんなくないか。それ。
と、自分なんかは思ってしまうけど、それでも使う人はいっぱいいるんだなー。
そういう言葉を子供が使ってたりすると、周りにそういう大人が沢山いるんだな、と思って可哀想になってくる。その大人も含めて、ね。
(いつも新鮮に驚かせてくれるRichard Dawson)
ところで話は変わるが、音楽を作ったり演奏したりしていると、自分の中のイメージや言葉の重要性に気付くことが多い。
結局、具体的にイメージできないことはいつまで経ってもできないし、そのイメージを作っていく過程で言葉を使って考えたことやその枠の中には、いつの間にか囚われてる。
身体的な反復はもちろん大事だけど、何か違うことをやろうとか、壁を越えようと思った時には、イメージやその都度その都度、使う言葉を徐々に更新していくしかないのだ、と思う。
というわけで、つまらない言葉はあんまり使わない方がいいし、囚われない方がよいです。精神的にも。