ウィスパー・ボイスとドライな音作り

この頃、リバーブの効いたウェットな音作りよりも、リバーブ少なめのドライな音作りに興味があります。

 

そして、そんなドライな音作りとウィスパー的な歌唱の相性がいいな、と思い、そういう音源をついつい聴いてます。

 

ウィスパーならではの息遣いの聞こえるような歌声と、ドライで距離の近い音が相まって、歌い手との心理的な距離すらも近くなるような……親密感の感じられるような音場が作り上げられてるなと感心してます。

 

 (リバーブ感のないドライな歌声で始まり、要所要所で効果的に使われるリバーブやディレイによる声の質感の変化、抑揚が見事です。歌声の消え際の静けさ、キレもポイント!)

 

そのように親密に感じさせる、錯覚させる、っていうのはポップスの常道というか昔からの普遍的な一つのテクニックだと思いますが、それにデジタル録音技術の発展・普及もあって近年、磨きがかかってるように思います。

 

いつ頃からかわかんないけど、気づいたら、ほんとウィスパー的な歌唱法する人ってすごく増えましたよね。世界でも日本でも。

 

所謂ディーバ的な人の顔ぶれの変化を見てもそうかな、と思ってます。

 

ビヨンセ、アデルみたいな朗々と声の大きい歌唱する人から、ラナ・デル・レイとかビリー・アイリッシュ、FKA twigsなどウィスパー・ボイスの人に顔ぶれが徐々に変化してるように思います。

 

 

(こちらは割とウェットな音作りだけど、それでも息使いの聞こえる距離の近さを感じさせるボーカルの録音、息の使い方が美しいです。)

 

日本でもMISIAUAなどの時代から、やくしまるえつこを経てDAOKOなど。日本だと性別関係なく、君島大空とか長谷川白紙などもウィスパー・ボイスを効果的につかってます。

 


まー、これもある意味こじつけみたいなもので、ウィスパー的な歌唱をする人はいつも誰かしらいるんですけどね。

 

 

でも最近、そういう人が増えてるように見えるのも、それって今のオーディオ環境とかデジタル録音技術の進化が関係してるのかなって思ってます。

 

オーディオ環境ということでいえば、よく言われてるように個々人でそれぞれに音楽を聴く機会が増え、イヤホンやヘッドホンなど、より耳元で近距離で鳴るようなオーディオ機器で聴くのがポピュラーになったこと。

 

そうした環境で、より微細な音の変化にフォーカスがあたり、音や声自体の質感や息遣いみたいなものを味わうことが音楽の楽しみ方の一つとして定着してきたような気がします。ASMR動画の流行もそうした傾向の表れの一つなのかもしれません。

 

(ファンタの音!)

 

個人的にもスピーカー使って、人と一緒に音楽聴くっていう機会がほんとに減ったな、と感じます。あるとしても車の中くらいかな、と。音楽がで個々に楽しむものにやっぱり徐々になってるんですよね。少し寂しさはありますが。

 

次にデジタル録音ということでいえば、アナログ録音と比べてそのノイズレベルの低さによって、ウィスパーボイスでも録音時のバックグラウンド・ノイズが低減して有利になったことが挙げられます。

 

また、あるいはこちらの方が主な理由かも知れませんが、所謂DTM的な環境が主になることによって、生楽器の使用が少なくなってきて、シンセや特に打ち込みのドラムがメインになったこと。それにより、それぞれの楽器の音量レベルに以前よりも融通が利くようになって、ウィスパーでも声が通りやすくなったというのもあるのかな、と。

 

ビリー・アイリッシュのライブでの楽器の選択や使い方もそういった時代の流れによる必然性を感じさせられます。

 

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90年代にはシューゲイザーという、大音量のギターの壁とウィスパー・ボイスっていう音響的な無理・ミスマッチをPAやミックスダウンのテクニックでどうにか乗り越えるっていう流行がありましたが、それの発展形というか、もはやアメリカのヒップホップやその流れの影響下にあるポップスでは、アコースティック楽器はほとんど使われなくなり、楽器のボリュームや音量感はより自由につまみや画面上でコントロール可能なものになってきたということでしょうか。(もちろんそれでも声の周波数と他の楽器とのかぶりとか、アレンジ上でのぶつかりは加味しなくてはならないでしょうが…)

 

そういった音量についての調整が比較的自由な環境が物心つく頃にはすでに整っていた世代にとってみれば、こうした変化(ウィスパーの多用)は当然のことなのだと思います。

 

 

また、ドライな音作りが増えてきたのでは、ということについては、デジタル録音では異なる音を滲ませたり、混ぜるのにアナログ録音の時代ほどリバーブが有利でないことも関係してるのかなと思います。

 

レコーディング機材との格闘の先に見えたもの 〜山下達郎『Ray of Hope』 / レコーディングエンジニア 中村辰也氏インタビュー | Musicman

 

シュガー・ベイブ「SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition-」発売記念 山下達郎インタビュー (4/5) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

 

そのことについては、これらの記事の中で語られてますが、デジタル録音ではリバーブをかけても音の距離感を遠くすることにあまり寄与せず、同じ音の近さ・明瞭さのまま、音同士の輪郭が滲まず混ざらず残響だけが増えて目立つようなことになりがちです。

 

そのようなデジタル録音ならではの特徴を避けるため、あるいはその明瞭性を生かすため、特にミックスの正面に来て、最初から大きく目立たせたいボーカルなどではドライな音作りが増えてきているんじゃないでしょうか。

 

また宅録環境での録音が増えた今、大声での歌唱では部屋の反射音などもマイクで拾いやすく、シンセなどの打ち込み主体で作られたトラック上では声だけ浮きやすくなってしまうというのも、ドライな音作り・ウィスパーが増えてきた理由の一つかもしれません。

 

とはいってもデジタル録音の発展につれて、リバーブもアナログをシミュレートしたものが増えたり、アナログの歪み感を加えるエフェクトなども増えてきていて、その精度も日々アップデートされているので、リバーブによる遠近感のコントロールについては徐々に解消されてきてるとは思いますが、結局、デジタルの音の輪郭の明瞭さは変わらないので、この傾向は続くような気がします。

(ちなみにですが、個人的にはデジタルでもリバーブ成分にテープシミュレーターやアナログをシミュレートしたEQなど歪み成分を加えると大分馴染みやすくなるように感じます。)

 

こうした環境や技術的なあれこれが日々音楽制作者により考えられ、追求されてることもポップスがどんどん公共の場で大勢に投げかけるようなものではなく、それぞれのパーソナルスペースで耳元でささやかれるようなものに変化しつつあることの一つの要因なのかもしれません。

 

コロナ禍で大きなイベントができにくくなった現在、その傾向は今後もますます加速するのでは、という予感もしています。

 

以上、随分、長く、とりとめもなく話が大きくなってしまいましたが(そんなつもりじゃなかった!)、最近、個人的に興味のあるウィスパー・ボイスやドライな音作りについてのあれこれでした。