すべては紙の上に書かれている
円城塔の小説を読むとそんな言葉が浮かんでくる。
当たり前のことだけど、小説は書かれた文字や言葉の連なりによって構成されている、ということ。それが強く意識される。
Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 円城塔
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/02/10
- メディア: 文庫
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例えば。
自分で小説っぽく適当にでっちあげますが…
私が通りを歩いていると、男が前方からふらふらと近づいてきた。
彼はぼさぼさ頭をしていて、ぶつぶつ何かを呟きながら、こちらに歩いて向かってくる。服装はとても貧相で、ぼろぼろのジーンズによれたTシャツがなんとも汚らしい。が、よく見るとそれは女だった。
彼改め彼女は下を向きながら、それでもまだなにか、ぶつぶつとオマジナイっぽい言葉を唱えながら、じわりじわりとこちらに向かってくる。気色が悪い。近づくとふわーっと動物っぽい、いいような悪いような匂いがしてきた。なんだ、何かの香水かと思っていると…
それはサルだった。
女じゃなかった、サルだったのだ、と一人納得していると、ふいにそれから声をかけられた。
あ、人間だ。
私は気付いた。それが長らく会っていない、子供の頃の友達であることに。そういえば、サルのようでもあり、女性のようでもあるような雰囲気を持ったやつだった。それが以前と変わらぬ小さな声でぶつぶつと、こちらに向け喋りかけていたのだった。私達は挨拶をかわすと、久しぶりに会えた喜びもあり、肩を叩き合った。そしてまた会おう、と連絡先を交換して別れた。
実際にはそんなことはまるで起こらなかったのだが。
はい。
つまらない文章でごめんなさい。
でも、こういう調子で、前の文章の内容がその次に続く文章によってどんどん覆されていき、結局、何なんだ?という風に物語が続いてくんです。円城塔の小説。
(もちろん、もっと面白いし、もっと色んな試みがなされていて、複雑ですが。)
これが快感なんですよね。結構。
すべてが文字で表される小説でしか、出来ないことです。円城塔の小説では、小説でしかできないような仕掛けがいっぱいあって、いつも新鮮で驚かされます。
それと同時に、自分の存在が次に続く文章であっという間に覆されてしまう、紙の上に書かれる登場人物の悲しみみたいなものを感じたりもします。
あるいは、今、書かれて、読まれてる文章の一回性みたいなことも。読んでる間だけ確かに存在する世界。
この『Self-Reference ENGINE』も冒頭から、そんな調子でわかったような、わからないような感じで始まるのですが、ほのかな悲しさが漂ってきて、すごく惹きつけられました。冒頭の引き込み具合では、今まで自分が読んだ小説の中でもかなり上位に入ります。
このなんだかわからない、悲しさとロマンチックさ。
しかし、とても馬鹿げたストーリーで、面白いんですが、きちんと読もうとすると大変でなかなか頭に入ってこない。読むのに苦労するけど、面白いので止められない。そんな小説でした。
なんていうか、この小説自体、小説論って感じもします。絶えず、「あなたは今、小説を読んでいるのです。小説ですよ。」って言われてるような。エピローグで特にそれを強く意識させられました。
うーん。円城塔の小説にハマってしまいそうです。
春日武彦 穂村弘 『人生問題集』
”友情”、”秘密”、”仕事”、"記憶”など様々なお題のもとに、二人が対談する。
特に”秘密”、"努力”、"記憶”、”言葉”の回が面白かった。二人ともすごく論理的で、頭が良いと感じた。読んでてつい納得させられちゃうし、発見も多い。
この中で、甘美な記憶をコレクションしてるっていう話が出てくるんだけど、自分も甘美な記憶コレクションをつくりたい、と思った。甘美な記憶をコレクションして、それを音楽にしたい。
最後に2人の煩悩108コンテンツリストが載っていて、そこにアレックス・チルトンやイギー・ポップ、ルースターズなどなど自分も好きなミュージシャンが載ってるのがなんだか嬉しい。特にアレックス・チルトン!
他に、エドワード・ホッパー、『真夜中のカーボーイ』、吉野朔実、井の頭公園、中央線…。
いろいろ思い出す。煩悩~。
どうでもいいけど、この本の途中でチャンドラーの『長いお別れ』の話題が何度かでてくる。なんでも、『長いお別れ』に登場するギャングとその友達の、友情の根拠が手榴弾を投げ返そうとしてくれたから…みたいなエピソードが紹介されてるんだけど、この『長いお別れ』むかし読んだはずなのに全く記憶になかった。
このことだけじゃなくて、本を読んだ記憶ってなくなってることが多い。一度読んだ本を忘れてて、初めて読むみたいにしてもう一度読んでしまうことが僕には結構ある。終盤にきて、「…あれ、この話読んだことあるな…知ってるな。」みたいな。
人も三歩歩くと忘れるんだろうか。
みなさんもありませんか?
角幡唯介 『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』
チベットの秘境、ツアンポー峡谷にある人跡未踏の地に挑んだ冒険家の話。
そこに幻の滝を追い求めてこれまで挑んできた数々の探検家の歴史と、著者の現在の試みが重なる。
空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む (集英社文庫)
- 作者: 角幡唯介
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/09/20
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スリリング!
雨に濡れて、滑りやすい峡谷を上へ下へと駆け巡る。そこで一度足をすべらしたら最後、たちまち何十メートルも滑落して、谷に流れるツアンポー川の急流に飲み込まれてしまう…。
そんな恐怖と戦いつつ、さらに、マダニがうじゃうじゃいて、日当たりが悪く、始終湿っている不快感にも耐えなくてはいけない…。
うーん。読んでるだけで、よく行ったな~という場所ですね。
野山で濡れるのは寒いし、本当に嫌でしょうね。
最後には飢えと疲労で命の瀬戸際まで追い込まれるんですが、それでも『死ぬような思いをしなかった冒険は面白くないし、死ぬかもしれないと思わない冒険に意味はない』と書く。
冒険家の業を感じます…。
まるっきりインドア派の自分とは真逆…。
特に『若きカヌーイストの死』の章が印象的。ツアンポー川の急流に挑んだ若い日本人の死。彼の魅力がじんわりと伝わってきました。